「型」
先日、知人から狂言の本を薦められて読んでいたところ、興味深い記述がありました。
亡くなった祖母が能の先生に謡を習っていましたので、チケットをもらって学生時代に能・狂言は何度か見に行ったことがありました。意味のわからない点も多くあり難解だなという印象も強いということと、同時に独特の表現方法から喚起される想像性にも興味を持ったことを覚えています。仕事をし始めてからは縁遠くなってしまったのですが、先日狂言の話になったときに改めて「そういえばおもしろそうな気がしたけど当時はそこまで踏み込まなかったな・・・」ということを思い出しまして、薦められた本を読もうという気になりました。
そこで記載されていたのが「型」というもの。この本によれば型とは
あることを表現するための究極の表現方法が様式として確立されていて、その様式「型」を肉体的に再創造することである表現が的確になされうる
というものだそうです。また、
あることを表現するためにはなぜその型でなければならないのか、どういう必然によってこの型になったのか、そんな疑問は持ってはいけない。そんなことはどうでもよいことなのである。
外形的には無味乾燥にさえ見える伝承された型を、ときによっては盲目的に身につけること、それ以外に稽古の方法がないのが古典の世界である。そしてある程度正確にその型が出来るようになると、自然とその型が表現する情感が心に宿るというのが古典の演技である。
というようなことだそうです。昔難解性を感じたことがこれで納得がいったのですが、まず形から入り、形が身につけばその情感が心に宿る、という順序にはある種の究極の職人の世界を感じます。理由をまず考えてしまう僕のような性質の人間には到底身に着けることがかなわないなと思う一方、そのようなことが起こるということに不思議さと驚き、畏敬の念を感じざるを得ません。改めて鑑賞意欲が湧いてきた読書でした。
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