昨日、ゆめみCTOの中田がiPhoneを入手していたのでいじらせてもらいました。
画面にずらっと並んだアイコンを眺めていると、Webを見るためには「Safari」というアイコンをたたくのかということがわかりました。その瞬間、ああやっぱりこの端末はそういう人たちのためのものなんだということを強く感じてしまい、自分の中でiPhoneに対する仕事上の積極的な関心はほぼなくなってしまいました。
Safariというアイコンを見て「これでWebを見よう」と思えるユーザが対象であること、あるいはそれを知らなくてもWebを見るためにはSafariという(知らない人からすればおよそWebとは結びつかない単語ですが)アイコンを叩くことを強制させること、これはiPhoneという端末の姿勢を考える上で非常に象徴的だなと感じたためです。
利用に一定のITリテラシーが要求されること、あるいはアップルが「こうあるべき」と考える姿に従うこと、そういう姿勢に僕はあまりワクワク感を感じません。感じるのは世界観の押し付けです。ただアップルがうまいなと思うのはそういうユーザ層の狭さを意識させない、あるいはそういうユーザになることがかっこいいことだという認識すら広めようとしていてとりあえずのところうまくそれをやってるなと思う点です。
僕としては作り手側の世界観に合うユーザが使ってくれればいいあるいはユーザを作り手側の世界観に合わせるという考えではなく、使い手側に使いやすいものとは何かということを考えた結果幅広いユーザが使えるようにしたいという考えでモノ作りをしていきたいと思っています(そういう意味では少し前のリリースでもありましたがgmailが携帯絵文字に対応したというような姿勢には強く共感を覚えます)。